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今、何故、自然派なのか
フランスワインの現状 フランスワインは華やかな部分と地味な部分と2極分化している。 華やかなグランクリュを中心にした部分は、フランスワイン全体から見ればほんの一部分でしかない。 フランスの葡萄栽培農家の70%は農協に属している。 フランスワイン業界全体を語る時、この農協の影響力と現況を無視して、華やかなグランクリュだけを語っても全体が見えてこない。 農協系農家 70% 醸造設備を持っていない農家。 収穫した葡萄を農協に持ち込んで、葡萄重量に対しての対価(価格/kg)を受け取る。 独立系農家 30% 自分で醸造設備を持っている小中規模の葡萄栽培農家、醸造元。 グランクリュもこの中に属していて、この中でもほんの数%を占めるに過ぎない存在である。 このフランスワインの全体像を認識した上で、これからの話を進めていきたい。 全体のほんの数%にしか属さないグランクリュ、超有名ワインは常に顧客がついている。 ロシア、中国のニューリッチ、マフィア的お金持ちなど、世界中のリッチを顧客にした華やかな特級、一級グラン・クリュ・クラッセの世界は常に顧客がいる。 農協が倒産する時代 それに反して、フランスワイン業界の70%を占める農協が今、経営上、瀕死状態である。 農協ワインが売れなくて困っているのである。既に倒産した農協が多くある。 倒産しなくても、決して良好な経営状態ではない。 栽培農家が収穫した葡萄を農協に持ち込んでも、農家に対価を払える経営状況ではないのである。 つまり70%の葡萄栽培農家が、大変苦しい生活状況にあるのが現状である。 若き後継者が面白い・・農協から独立・・ 本来のフランスワインの風味復活の必要性 栽培農家の若き後継者の悩みは、農協にこのまま属していても、将来に希望を見出せないことである。 多くの若き醸造元が農協から独立して単独醸造元として活躍することを夢見ている。 勿論、既に多くの農家が独立している。 ここで問題なのは、独立しても、農協が造っているワインと同じようなワインを造っても売れないと云うことである。 何の特徴もないワインは売れない。 ただ美味しいだけでも売れない。 価格が安いだけでも売れない。 この現実が彼らを待っている。 美味しいワインは世界中に沢山あり、しかも人件費の高いフランス産でなくてもよい。 フランスでなくては造れない味わいが必要である。と云うよりもそれぞれの土壌に根ざした特徴ある風味のワイン。 しかも文句なく美味しく、価格もリーズナブルなワイン。こんなワインが必要なのである。(これが自然派ワインの条件の根幹部分) この一見当たり前のような条件を備えたワインが、いつの間にかフランスから消えてしまっていた事実が問題なのである。 1935年に誕生したAOCの理念の原点に戻ればよいのである。 今のワイン造りが如何にこの原産地呼称の理念にそぐわない栽培方法や醸造方法をやってしまっているかが重要な問題なのである。 フランスワインの原点に戻って、再構築する必要がある。 ワインのスタンダ-ド化は、どのように発生して、現在に至ったのか? 何故? いつ頃から?どんな風に?AOC(その地方、地区、村)や土壌の特徴がないワインが増えていってしまったのか? 除草剤の使用 それは1960年代に使用されはじめた除草剤に起因する。 農業国フランスの農業近代化には必要不可欠な存在でもあった除草剤なのである。 農作業で最も人件費が掛かるのは草とりの為の耕す作業である。 人的手作業でやると1ヶ月掛かる仕事が、この除草剤を撒くと3日で終わってしまう便利なものなのである。 瞬く間にフランス中に広まったのは云うまでもない。 除草剤の多用を数年続けた畑に起きた現象は、耕すことがない為に土が固まってしまって、まるでコンクリートのように硬い表面の畑になってしまった。 酸素が地中内に入ることもなく、その上、除草剤の毒性の為に微生物やミミズが畑から姿を消してしまった。 畑に有機物がなくなり、土壌としての機能がなくなってしまった。 葡萄木が育たない,葡萄果実が熟さないという状況になってしまった。 化学肥料の使用 そこで登場したのが、化学肥料である。 化学肥料を多用すると、土壌の表面に栄養素がある為に根っ子が地中深く伸びていかない。 根が地表近くに滞留してしまう。 ワインにその土壌独特のミネラル風味を与えてくれるのは、地中深く伸びた根っこの役割が大なのである。地中10メ-トルともなれば、ロッシュメ-ルと呼ばれる昔海底だった時代の地層である。 地殻変動で古いところでは数億年前の地層が存在している土壌もある。 その貴重なミネラルつまり鉱物のエネルギ-や風味をワインに与えてくれるはずの根っこが、地中に伸びなくなってしまったのである。 当然、その土地独特の風味がないワインができあがる原因の一になっている。 しかし、化学肥料は時代の要請に応える必要不可欠のものでもあったのである。 60年代の後半から70年代にかけて、フランスでも大型ス-パ-が乱立した。 当然、ワインもス-パ-商材として重要な存在となり、大量生産、大量販売の時代の要請には、この化学肥料は重要な存在だった。 質よりも価格と量が重要だった時代である。農協の全盛期時代でもある。特徴が無くても、安くて、飲める程度の品質なら売れた時代である。 フランスのワイン消費量も今の1.5倍はあった時代である。昼食でもワインを飲むのは普通の時代だったのである。 オノロ-グ事務所の増加 80年代にはいって、ワイン造りに大きく影響を与えたのが、オノロ-グ事務所の増加である。 醸造学部を卒業するとオノロ-グという醸造学士の称号が与えられる。 彼らは農協に就職したり、大手醸造元に就職したりするが、優秀なオノロ-グは自分で事務所を開設する。最も有名なのがミッシェル・ロ-ラン氏である。 彼らの仕事は複数の醸造元と契約をして、葡萄栽培から醸造までの最新技術の導入指導をすることである。 それまでは、親から子へ代々の伝統を伝える方法でワイン造りを経験的に継承してきた。 その為、無知からくる失敗も多くあった。醸造中にワインがヴィネガ-“お酢”になってしまった経験はどの醸造元でもあったことである。 そのような、初歩的な醸造上の失敗は、このオノロ-グ事務所と契約すれば全く無くなる。 なぜなら、オノロ-グが定期的に醸造元を訪問して、ワインを分析して必要な措置を指示してくれるのである。非常に便利なシステムだったのでフランス中にオノロ-グ事務所が急増した。(今では、フランス中の醸造元はオノロ-グ事務所と契約している。) オノロ-グによる指導がワインのスダンダ-ド化に拍車 葡萄園の状況は、除草剤や殺虫剤、化学肥料の多用で畑も葡萄木も弱体化してきており、健全な力のある葡萄を収穫するのは難しかったのである。ここにオノロ-グが重要な役割を演じたのである。 どんな葡萄を収穫しても、そこそこの味わいに整えてくれる最新醸造技術をオノロ-グが指導してくれたのである。良い年も悪い年も大きな遜色ないワインを造ることを可能にしてくれたのである。 便利な裏には必ず欠点もある。オノロ-グの指導で失敗は少なくなったがワインのスタンダ-ド化に拍車がかっかったでのある。 例えば、ボルド-大学出身のオノロ-グはボルド-大学の最新技術を至るところで指導する。すべてが似たタイプのワインが出来上がってしまう。ミッシェル・ロ-ランが指導すると、どこの地方で造っても、違う国で造っても同じタイプのワインが出来上がる。 これは批判してる訳ではありません。 ただ、ワインのタイプの違いがその土壌に由来していないのが、残念なのである。 弱体化した土壌や葡萄木をカバ-する為の“技術”となってしまっていることが問題なのである。 風味付け人工酵母の登場 そして、90年代にはいって、更に醸造技術は進歩した。 相変わらず、除草剤、殺虫剤、化学肥料は使い続けている。 20年、30年も使い続けた畑には微生物は皆無であり、畑に生息すべき土着の自然酵母も存在しない。 だから、収穫した葡萄を醗酵槽に入れても醗酵が始まらない。 そこでバイオテクノロジ-の出番である。化学的に造られた酵母菌を混入すれば問題なく醗酵が進む。 しかも、この人工酵母菌はお好みの香りをワインに与えることが可能なのである。 ルヴュ-アロマティックと呼ばれる香付酵母菌、高度バイオテクノロジ-のおかげである。 例えば、バナナの香りを付けたければB65を使用すればよい。この酵母菌は約300種類 も存在している。カシスの香り、ミュ-ルの香りと何でも可能なのである。 しかし、ここでも、問題なのは土壌に根ざした香りではないことである。 自然派のフィリップ・パカレ氏は『ワインにその土壌独特の風味を与えてくれるのは、その土壌に住む土着自然酵母だ』と言い切る。 SO2の多用が土壌の風味を抹殺 ここでもう一つ大事なことは、SO2の大量混入だ。 人工酵母を使用する場合、他の雑菌や僅かでも残っている自然酵母を抹殺してニュ-トラルな状態にする必要がある。その為に収穫直後に多量のSO2の添加をしてしまう。 弱体化した畑から収穫される葡萄果汁はエネルギ-がなく雑菌に犯され安いので、SO2を大量に入れてニュ-トラルな状態にすればトラブルが無くなるからである。 数億年のミネラルのエネルギ-の影響を受けた自然酵母を抹殺してしまうのは本当に残念なことである。 土壌独特の複雑味を与えてくれる要因をすべてクリアにして消し去ってしまうことなのだ。 極端な多量のSO2の使用は、自然な葡萄風味を一旦、ニュ-トラルにして、そこから自分が目指す風味を人工酵母によって造り上げてしまうようなものである。まさに人工的ワインになってしまう危険性があるのだ。 ここでも問題なのは、土壌に根ざしたワインの風味からますます遠ざかってしまっていることなのである。 今回述べたことは、分かり易くする為に極論的に書きました。醸造技術の進歩やオノローグがフランスワイン業界に与えている絶大なる功績を批判することではない事をここに付け加えておく。 オノローグの中でも、多くのオノローグ達が土壌再生の為に奮闘努力している姿を筆者は見ている。 この事実も付け加えておく必要がある。 ワインのスタンダ-ド化に至った事実経過を認識しておく事は、今後のフランスワイン業界の流れを推理する上でも、自然派と今呼ばれている潮流を根幹的に理解する上でも大切なことである。 ここでちょっとまとめてみることにする。 土壌重視のワイン造りへの回帰 こうして、土壌に由来する特徴をもたないワインがフランス中に至るところに氾濫してきた。 このような、テクニックワインを横目で見ながら、心ある、勇気ある醸造元が『やっぱり、テクニックに頼り過ぎるのは良くないだろう、原点である土壌をもう一度耕して、微生物やミミズが生息する畑に生き返らして、根っこをまっすぐ下に伸ばし、ミネラルをたっぷり含んだ果汁の葡萄を育て、畑に生息する自然酵母のみで醗酵をしよう。つまり自分達のお爺さん達が造っていたワインに戻ろう』と云う土壌重視のワイン造りへの回帰が自然派の起源だったのである。 これらの動きは、テクニックワインが氾濫してきた1980年代後半から始まった。 […]